『ヒカルの碁』から「人生のステージ」を学ぼう!①

トレンド追加232

こんにちは、KEITAです。
今日は「人生のステージ」という話をしたいと思います。

僕自身人生を極めたなんて思っていないし、
まだまだ未熟者なんですが、
僕は古神道に精通する方から
この「人生のステージ」の話を聞いた時に
めちゃくちゃ腑に落ちたんですよね。

「あ、人生ってこういう”仕組み”なんだ」

みたいな。

で、実際に僕はこれからどのように進化していくのか、
その道のりが明確にイメージできるようになったおかげで、
2016年の元日から今までほぼモチベーションが途切れずに
エネルギー全開で突き進めてるわけです。

そういう意味でも、
僕が教えてもらった「人生のステージ」の話は
皆さんにも響くんじゃないかと思って
今回お話することにしました。

まず、人生にはその「働き方」によって
大きく分けて4つのステージがあるそうです。

トレンド追加201

①嫌々働く
②好きなことで働く
③人に喜ばれるために働く
④天命を感じながら働く

 

このステージが上がれば上がるほど、
(図の縦軸の数値が大きくなればなるほど)
「幸福度(人生の充実度)」も上がる、
と言われています。

で、注目すべきは縦軸と横軸の関係ですね。

横軸は「専門のスキル」の熟練度を表していて、
右に行けば行くほどそれぞれの専門分野での
熟練度が高いことを表しています。

ただ、古神道に精通した方によると、
横軸の数値(スキルの成熟度)がどんなに大きくなろうと、
必ずしも「幸福度」が上がるわけではない
っていうんですね。

テニスで言えば、
草トーナメント1回戦負けだろうと、
グランドスラムで連戦連勝しようと、
それは「人生の充実度」には
直接関係あるわけではないということです。

この話を聞いて
「うん、確かに」と納得する人もいれば、
「う~ん、なんとなくわかるような~」という人もいれば
「いやいや、絶対グランドスラム
連戦連勝のほうが幸せでしょ」
と信じて疑わない人もいると思います。

それは人それぞれですよね。

ただ、その感じ方の違いこそが
前回の「モチベーション論」のところでお伝えした
「御霊」の違いであったり、今まさに話した
人生のステージがみんなそれぞれ違うから
というところに行き着くのではないかと僕は思うんです。

 

ただ、おそらく多くの読者さんは
「そもそも、この図の人生の幸福度の定義ってなんだよ!」

 

って話だと思うんで
そこをちょっと説明しますね。

僕が聞いた話では
人生の幸福度を構成する要素には大きく分けて
自己満足一体感の2つがあるそうです。

簡単に両者の言葉の定義を説明すると
「満足」は「自分の欲求が満たされている状態」で、
それに対して「一体感」は
「自分だけでなく、他者の欲求も満たされたとき」に
感じるものだそうです。

で、両者を比べた時に、
一体感のほうが、自己満足よりも
はるかに高い幸福を感じるみたいなんですね。

人生のステージごとに
両者の割合が変化していくイメージを表したのが
下の図です。

トレンド追加202

最初のステージ①では、

ほぼ自己満足しかなかったのが、

高いステージに行けば行くほど、
一体感の割合が大きくなるようです。

つまり、①や②など
ステージがまだ低い状態にある
人が求めるのはあくまで「自己満足」です。

テニスで言えば
「とにかくテニスが強くなりたい」
「大会で優勝して周りからチヤホヤされたい」
「今度の試合であいつを倒して自分の実力を見せつけたい」
「先生や親から自分の強さを認めてもらいたい」

総じて「自分が~たい」という感じで
基本的に自分のことしか頭にありません。

確かに自分の欲求に「他者」が絡む場合もありますが、
「誰々のことを喜ばせたい」とか、
「誰々のことを助けたい」みたいな

いわゆる自分の持つエネルギーを、
自分から進んで相手に「提供したい」
という気持ちはあまりないわけですね。

(結果的に自分が結果を出すことで
親や友達を喜ばせる場合はある)

どちらかというと親や周りの人からの
エネルギーを「奪いたい」という
モチベーションでプレーします。

これが①や②などの、
まだステージが低い人間の特徴です。

それに対して、③や④など、
人生のステージが上がってくると
「自分のチカラで相手に貢献すること」
に大きな喜びを感じるようになります。

ステージ②までは自分の欲望を満たすことが第一で
「そのついでに誰かが喜んでくれればいいかな」
程度だったのが、

ステージ③からはそのモチベーションが逆転して
「自分の欲望はある程度もう満たせたから、
これからは他の人に自分ができることをしていきたい」

何か物理的な手助けだったり、
精神的な部分(自分の知識や経験)の提供だったり。

これらを進んでやることに
強いモチベーションを感じるようになるのが
ステージ③~④です。

このように人生のステージは
③より上か下かで
その見え方がガラリと変わってしまうらしいのです。

ただ、1つ注意しておきたいのは
この人生のステージは誰もがステージ①から
順に上がっていく必要があり、
いきなり飛び級でステージ③や④に行くことは
できないということです。

たとえば、衣食住など、
最低限の生命の安全が保証されていないのに
自分以外の誰かを助けるなんて、
普通の人にはできないですよね(笑)。

まずは「自分生きてー!」ってなって、
全エネルギーを生きる方法を探すことに
使わざるをえません。

他にもまだ自分の中の
地位や名誉欲などが十分に満たされていない人の場合、
そのような人が「自分以外の人に提供しよう」としても
やはりどうしても限界があるわけです。

下の記事でも話しているように、
人間は常に「本音」に従って生きることが
エネルギーを最大限に満たすことができる状態です。

すべてはモチベーションで決まる

つまり、
本音で生きて、その本音を満たさないことには
人生のステージも上がっていかないのです。

自分の「御霊」が
「とにかくお金を稼ぎまくって、
いい家に住んでいい女を抱いていい車に乗って・・・」

という人生を望んでいる場合は、
まずはそれを満たさないことには
次の「貢献」のステージには行くことができないのです。

ただ、僕の場合は過去の自分を振り返ったときに、
自分が求めているのは地位でも名誉でも
何か高価な物でもないことに気づきました。

決してテニスでこれ以上強くなることも
これ以上お金持ちになる必要もなかったのです。

なぜなら、
僕の御霊は「人と繋がること」だったからです。

そして、人と繋がるためには
まずは相手を喜ばせなければならない
ということも知りました。

つまり、自分の御霊を満たす手段として
『ビジネススキル(コミュニケーションスキル)』
を磨く必要があったのです。

そしてそのスキルをある程度身につけた今は、
自分が理想とするビジネスを行うために
日々活動しているということです。

そういう意味では僕のステージは
②と③のちょうど間くらなのかもしれません。

調子がいい日など、場合によっては
自ら進んで「貢献」できるけど、
状態が悪くなれば(経済的に不安定に陥ったり、
心が枯れてエネルギーが低くなってしまったり)
それができないこともあります。

なので、現状僕もまだまだ満たしたい欲望を
満たしきれていない状態です。

まあ、完全に満たしちゃってたら
すでにステージ④ですからね(笑)。

ただ、いづれはそこにたどり着くのではと、
そういうぼんやりしたビジョンが
僕の中ではできているんです。

 

で、そんな「人生のステージ」を
あなたにより理解してもらうために
格好の「教材」をご用意しました!

それがこちらです。

『ヒカルの碁』

2003年まで少年ジャンプで漫画が連載され、
アニメ化もされた、
文字通り伝説的な「囲碁漫画」です。

僕はこれを小学生の頃にアニメで見ていて、
めちゃくちゃ影響を受けたんですよね。

まあ、もうかれこれ10年以上前の作品なので、
見たことない人も多いですかね(^^;)

YouTubeの方で1時間20分(2倍速で見れば40分)
くらいでストーリーの概要がわかる動画を見つけたので
こちらを見てからこれ以降の文章は読んで欲しいと思います。

 

【ヒカルの碁がどんな話かたった40分(2倍速)でわかる動画】

 

※これ以降「ネタバレ」注意!!

 

さて、ではここからは
あなたがヒカルの碁のストーリーを
理解している前提で話していきます!!

まず、このヒカルの碁の
いったい何が勉強になるかというと

この漫画は
先ほどの「人生のステージ」を
実際の人間がどのように上がっていくのか?
その過程を描くことをテーマとした
まさに画期的な作品なのです!

(あくまで、僕なりの解釈でですが。)

なので、
この漫画に登場するそれぞれのキャラクターたちを
「人生のステージ」ごとに分類して、
さらに彼らが作中でどのように変化していくかを
見るのは非常に勉強になるのです。

 

まずは藤原佐為

彼が1000年の時を越えて主人公である
進藤ヒカルのもとに蘇るところから
この物語は始まります。

で、彼が蘇った理由を
僕は「エネルギー論」から考えてみました。

つまり、彼が蘇ったのは
彼の生前持っていた「エネルギー」が、
肉体が滅びたあとも
決して弱まることがなかったからです。

「神の一手を極めたい!!!」
という情熱(?)が強すぎて、
肉体がなくなったあともいわゆる成仏できずに
現世に留まり続けてしまった、
そのように僕は解釈しています。

(あくまで僕の意見です。作者が考える
”本当の理由”があるのかもしれませんが、
劇中に登場してないのでここではシカトします。)

なので、佐為というのは
1000年もの間「神の一手を極めたい」
という想いを一心不乱に持ち続けられるほど
バイタリティに満ち溢れたキャラクターなのです。

 

ただ、佐為のこの状態をよく見てみると、
彼は1000年も現世に留まっているにもかかわらず
「囲碁が強くなりたい」という自分の欲望を
未だに果たせていません。

つまり、佐為の人生のステージは
登場時はまだ②、よくて
②と③の中間といったところでしょう。

だから、基本的に彼は
かなり”わがまま”です(笑)。

でも、これは何も佐為だけじゃなくて、
ヒカルの碁に出てくるキャラクターの
99%はステージ②以下の人たちです。

なので、はっきり言って
ヒカルの碁に出てくる人はみんなわがままなのであり、
自分の碁を強くすることしか考えていません(^^;)

でも、言い換えれば、それだけ
自分の中の欲望(御霊)に純粋だということです。

特に塔矢アキラはその典型です。

彼は本当に自分のことしか考えていません(笑)。

佐為(ヒカル)と対局したいばっかりに、
本来出場しないはずの囲碁部の団体戦にまで
出場するわけですからね。

ただ、これは余談ですが、
佐為のエネルギーが塔矢を目覚めさせ、
そしてその佐為へ向けられる強いエネルギーが
今度はヒカルの中に眠っていた囲碁への情熱を
呼び覚ましたのは、非常に興味深い現象です。

 

これはつまり、

佐為→塔矢→ヒカル・・・のように

エネルギーの循環が起こっているのです。

 

前にもお話したように思考や感情も
素粒子レベルで考えれば「エネルギー」であり、
エネルギーの特性として
高いところから低いところへと流れていきます。

なので、ヒカルの場合は佐為と塔矢アキラ、
もしくは佐為と塔矢行洋など、
名だたる強者同士の戦いの「渦中」を経験することで、
彼らが放つ膨大なエネルギーを
ものすごいスピードで吸収していったと考えられます。

彼らのエネルギーがヒカルを成長させ、
そして今度はヒカル本人が周りのライバルたちに
そのエネルギーで何かしらの影響を与えていく。

この人から人への
「エネルギーの循環」こそが
人生の本質なのだと、僕は思うのです。

ただ、彼らはまだステージが低いので、
自分が誰かに影響を与えているとかは
全く意識してないんでしょうが(笑)。

 

で、話を戻しますと、

佐為をはじめとする、
そんな「わがまま」な登場人物たちですが、
佐為本人は特に物語序盤はそれでも割と「余裕」があります。

「神の一手」を極めたくて1000年も成仏できなかったとは
思えないくらいなんかこう大らかなキャラですよね(笑)。

トレンド追加206

これはなんでかっていうと、
このときはまだ佐為自身は
「自分にはまだまだたくさんの時間がある」、
そう思ってたからなんです。

そして、その間に佐為は
自分自身の囲碁の腕がさらに上達していくことに喜びつつ、
もう1つ別の喜びを感じるようになるんですね。

それが「ヒカルの成長」です。

トレンド追加203

最初は囲碁の「ご」の字も全く知らなかったヒカルが
瞬く間に院生になり、そしてプロになり、
強豪たちに素晴らしい一手を垣間見せるようになったことに、
人の可能性というか、そういうのを感じて

佐為自身も”人間として”ヒカルと出会う前よりは
明らかに”成長”していったわけです。

しかし、この佐為の「人間としての成長」が
ある意味、佐為が「あの世」へと還る契機になったと
僕は考えているんです。

つまり、「人生のステージ」が上がったことで
佐為の中の1000年越しの
「神の一手(=自己満足)への執着」はどんどん
弱まっていったということです。

 

物語の終盤で佐為は
「何とも言えない胸騒ぎ」を
絶えず訴えるようになります。

 

で、最初は佐為もそれが何なのかよくわからない。

「ただの思いすごしなのか・・・」

でも、日増しにその感覚は強くなっていく。

そしてついに悟るわけですね、
「自分はこの一局をヒカルに見せるために
現世に蘇ったのだ」と。

その役目(天命=ステージ④)を終えた自分は
もうすぐ消えてしまうのだと。

消える間際、佐為は「神」にたびたび問いかけますね。

「なぜ私ではなく、ヒカルなのですか?」

でも、佐為が消えた本当の理由は
「神」の気まぐれなんかではなく、
あくまで佐為自身の変化にあると僕は思います。

つまり、ヒカルと出会ったことで
「神の一手を極める」という自己満足を追い求める段階から
自分の持つエネルギー(囲碁の腕)を
ヒカルやその他大勢の棋士に「与える」ことに
真の喜びを見出すという、

人間として一段上のステージに登ったからこそ、
「この世への執着」が急速に衰えたということです。

そのような自分の中の「本音」に
佐為自身気づかずにものすごく戸惑うわけですね。

「自分はまだ神の一手を極めていないのに、
なんで今こんなに”幸せ”なんだろう・・・」
みたいな。

それが未来あるヒカルへの
強烈な嫉妬になって佐為を苦しめるのですが、
佐為は最期にちゃんと言っていますよね。

「ヒカル・・・”楽しかった”」

そう、消える間際に残したこの言葉が、
佐為の紛れもない「本音」だったんですよ。

それまでの佐為ならここで「ありがとう」って言うはずなんですよね。

ありがとうって素敵な言葉ですけど、
その裏にはなんていうか、
相手を思いやる気持ちというか、
逆に「自分の立場上ここは言っとかないと・・・」
みたいな、なんかこう気を遣ってる感が
少しあると思うんですよ。

特に佐為の場合はヒカルの身体に居候してた身ですから、
「本音」では自分の手で碁石を持ちたかっただろうし、
もっともっとたくさんの人と対局したかっただろうし、

それこそステージの低い頃の佐為だったら、
心の底から今の自分の境遇すべてに「喜ぶ」っていうのは
絶対にできなかったと思うんですね。

でも、佐為は逆に実体があった頃には
死んでも味わうことができなかった、
「別の喜び」をヒカルと出会って味わうことができた。

人の成長を側で見守ることだったり、
自分が碁を打つことで他の誰かの成長につながったり、
ですね。

そういう「人に貢献する喜び」が、
自分ひとりで「神の一手を極める喜び」よりも、
佐為の中で確かに上回った。

だから、佐為は最後「楽しかった」と「本音」を言い残して
静かにあの世に還ったわけです。

本当にこれ以上ない幸せな最期ですよ。

 

このように今回はヒカルの碁という作品を題材に、
「人生のステージ」が上がるとはどういうことなのか、
これを読んでくれてるあなたにも疑似体験してもらいました。

 

また、佐為だけでなく、
他の登場人物にもスポットを当てていけば、
ヒカルの碁から学べることはまだまだたくさんあるので、
今後も機会が有ればまた書きたいと思います!

 

それでは。

 

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